茶の湯 歳時記 ~ 六月 ~茶道の知識
茶の湯 歳時記 ~ 六月 ~ 茶道の知識
茶の湯歳時記~十二か月のうち、六月の主な茶趣や行事などを紹介します。
六月の別称~水無月、水月、風待月、松風月、季月、涼暮月、晩夏、鳴神月など
六月の二十四節気~小暑(夏至から数えて十五日目頃で、暑さがどんどん強くなっていくという意味があり、暑中見舞を出す頃)、大暑(梅雨が明け最も暑い時期、蝉の声がにぎやかなになり、田植えの準備が始まる頃)
六月の茶趣
涼一味
夏の暑さの中にあって、なにかさっと涼気に触れることを涼一味といいます。茶の湯の世界では五月から夏を迎え、関ちゅうの装いを改めます。
梅雨の時期は蒸し暑く、過ごしにくいので、利休七則に「夏は涼しく」とあるように、昔から暑い季節の過ごし方に心配りをしてきました。 茶の湯では道や庭先などへ打ち水をしたり、障子や襖を葦戸にかえ、畳の上に網代を敷き、涼しさを感じさせました。 また、茶道具も、備前や信楽などの焼き締めの器を水にぬらしてしっとりさせたり、懐石の塗り物の器などに露を打つなどして涼感を演出するなど、道具の取り合わせで涼感を表わします。
雨中の茶
立春から数えて百三十五日目の六月十一日ごろが入梅となり、この梅雨の長雨の霖雨の時期が、じめじめとしてうっとうしく、蒸し暑かったり、肌寒い日があるなど過ごしにくい頃ですが、その反面、この時期に雨中の茶として、雨の音を楽しむ気持ちをもって一椀の茶を点てるというのも、茶の湯の心につながっています。
六月の行事 ~ 茶道の知識
光琳乾山忌茶会
琳派の大成者・尾形光琳の弟である乾山は、乾山焼で名高い陶工ですが、この光琳・乾山兄弟は、歿した月日が同じ六月二日です。熱海のMOA美術館では二月に光琳茶会が催されますが、それとは別に六月二日、三日に光琳屋敷内の茶室・青々庵、一白庵で二人をしのぶ茶会が催されています。
織部忌
織田信長、豊臣秀吉に仕えた武将である古田織部は、茶の湯では千利休に師事し、その高弟として利休七哲の一人です。
古田織部は、茶陶の製作や建築、造園などにも携わり、「へうげもの」の沓形茶碗など、不均衡さに美を見出す織部好みと呼ばれる一大流行を生み出しましました。
古田織部は、大阪城落城後、自刃しましたが、現代の織部忌は、菩提樹の京都・興聖寺で月釜が懸けられます。また、薮内剣仲が古田織部の妹を室に迎えた園で、毎年六月十一日に薮内流家元により献茶式が行われます。
六月に使われる掛物・銘
掛物…流水為琴、白雲流水清、水滴々、涼風入草堂、若松無心風来吟、山雲海月情、青山緑水風自涼など
銘…鵜河、青梅、蛍籠、さざ波、五月雨、かがり火、岩清水、苔衣、洗心、泉声など
六月の言葉…虹の帯、氷室、今年竹、蛍狩、青田、梅雨冷え、竹林の七賢人、稽古始め、絵日傘、河鹿など