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尾西楽斎の茶道具買取ます

2016/01/06

尾西楽斎の茶道具の買取を行っております

尾西楽斎は赤膚焼の窯元である香柏窯の当主が代々受け継いでいる名前で、当代で7代目となっています。
赤膚焼は小堀遠州の遠州七窯の一つとして選ばれている焼物で、奈良県の奈良市と大和郡山市に窯場が点在しており、赤膚焼は器肌に赤みを帯びているのが最大の特徴です。
尾西楽斎はその赤膚焼に室町時代末期から江戸時代初期にかけて冊子絵本や絵巻物の挿絵として描かれていた明るい彩色と素朴な風合いの奈良絵を組み合わせた作風を展開している事で知られています。
お写真はその奈良絵の茶碗で、こちらの画像を見れば奈良絵がどういったものなのかお分かり頂けるかと思います。
この他にも尾西楽斎は菩薩像なども手掛けており、高く評価されています。


ご自宅に尾西楽斎の茶道具はございませんか?
尾西楽斎の作品には「赤膚」もしくは「赤ハダ」という文字と「楽斎」の落款が一緒に記されています。
いわの美術では尾西楽斎の茶道具の買取を行っておりますので、お気軽にお電話、メールにてお問合せ下さい。




赤膚焼の茶道具買取ります

赤膚焼は大和郡山城主であった豊臣秀長が五条村赤膚山に開窯したとされており、一時断絶の危機に直面しましたが、江戸時代後期に藩主であった柳沢保光の保護を受け、名工・奥田木白が赤膚焼を復興させ、その名を広めたと言われています。
ちなみに尾西楽斎は奥田木白を敬い、木白写を主に灰釉や萩釉の花入、茶碗、香合などの茶陶も手掛けています。


文政年間には東の窯、中の窯、西の窯と3つの窯がありましたが、現在は中の窯のみが残されており、そこの大型登り窯は登録有形文化財とされ、古瀬堯三窯で見学する事ができます。
この古瀬堯三窯で制作された赤膚焼は「赤膚山」の刻印のみで、それ以外の赤膚焼窯元の場合、「赤膚山」「赤膚」の刻印と作家印や窯印が記されています。
そのため、赤膚焼は窯元や作家によって買取額が変わってきますので、お問合せの際はどのような陶印が使われているのかお伝え頂けると査定がスムーズに進みます。
その他、赤膚焼の茶道具の買取でご不明な点やご質問などがございましたら、お気軽にいわの美術までお問合せ下さい。



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