
高野松山 たかのしょうざん
重要無形文化財保持者(人間国宝)
更新日: 2009/10/17
東京美術学校で親しく学んだ
白山松哉からは、細緻な
白山派蒔絵を学び、松山の号を受けた。
また橋本市蔵からは変塗の技法を学んだ。
そののち東京美術学校の助手、
講師を十四年勤める。
また同郷の関係で細川護立の邸内に住み、
細川家の美術品を修理しながら
制作に励んだ。
白山派の蒔絵技法は細緻な技巧で、
小物に適したものであった。
高野松山は白山派の技巧を
現代化することに努め、
木地蒔絵に成果を発揮した。
1955年重要無形文化財「蒔絵」の
保持者(人間国宝)に認定。
1965年紫綬褒章。1975年勲三等瑞宝章。
白山松哉からは、細緻な
白山派蒔絵を学び、松山の号を受けた。
また橋本市蔵からは変塗の技法を学んだ。
そののち東京美術学校の助手、
講師を十四年勤める。
また同郷の関係で細川護立の邸内に住み、
細川家の美術品を修理しながら
制作に励んだ。
白山派の蒔絵技法は細緻な技巧で、
小物に適したものであった。
高野松山は白山派の技巧を
現代化することに努め、
木地蒔絵に成果を発揮した。
1955年重要無形文化財「蒔絵」の
保持者(人間国宝)に認定。
1965年紫綬褒章。1975年勲三等瑞宝章。
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